お侍様 小劇場

   “思わぬ珍客に” (お侍 番外編 139)


これも地球温暖化の影響か、
温帯地域とは思えぬほど
ここ数年は 時に雨の降り方が尋常ではなかったりする日本だったりし。

 『そのうち、気候配置図も書き換えねばならなくなるかもしれぬな。』

表向き、国際的な商取引を展開している総合商社に勤めておいでの家長様が、
そうともなると、何かと勝手も変わるものか、
いやまあ日本人の順応性は随分と大したものらしいから、
応用に走るものかなどと、
経済系の新聞をゆったり広げつつ語っておいでで。
頼もしい双腕を 雄々しい大鷲の翼のごとくに開いた余裕の態へ見惚れておれば、

 『…他人事のように』

他でもない自身が身を置き、少なからぬ影響も受ける畑の話だろうに、
何をそうまで“興味深い”と面白がって語っておるのかと。
言葉少なな中、それでも視線で十分能弁に語り、(と思ったのはおっ母様だけだろうが)
次男坊が呆れて登校していったのをこそ、
家事の合間なぞに思い出しては くすくすと笑ってしまっていた七郎次も、

 「ありゃまあ。」

警報が出ている地域に比べれば収まったほうだが、
それでもまだまだ時折降っては止んでの繰り返しの都内。
リビングから見渡せる自慢の庭も、
荒らされるところまでの被害は出ていないものの、
手入れにちょっとなんて出るのは止した方がよさそうな濡れっぷりで。
それでも、少しだけ大きな掃き出し窓を開けて首を出し、
外をじかに見まわした彼だったのは。
ポーチや犬走に泥がかぶってないか落ち葉が貼りついてないかと
ようよう目を配ろうと思ったからだったのだが、

  ………。

様子見にと思っただけの彼の無防備な耳へ、何かの声が届いたようで。

 “…え?”

風もないではないので、茂みや何かが揺れた音かな、
いやいや、そんな昨日からこっちのずっとで聞き慣れてる音じゃなくて。
すぐにもぼやんとした大気の気配にさえ紛れてしまって消えそうなほど
か細くて糸みたいに頼りない、そんな何かの声がしたような…と
きょろきょろと周囲を見回せば、

 「…あ。」

椿の茂みの足元に配された、サツキの茂みの隙間から、
小さな小さな影が這い出て来たのが見えて。
よいちょよいちょという覚束ない仕草も大層幼い、
ふるるっと頭を振り、水気を飛ばす技も不慣れそうな、
いかにも幼い仔猫が一匹。
ぐっしょりと濡れそぼった姿で這い出て来たとあって、

 「えっとぉ…。」

そぉっとそぉっと、からからという軽い音さえ恐れるようにして
サッシをも少し大きく押し開き、
やはりそっとしゃがみ込んで、大きな動きで怯えさせないよう用心してから、

 「お〜い。」

白い腕をそおと延べ、ちっちっちっと短く舌を鳴らして、
仔猫さんへの“おいでおいで”を手掛けてみる。
長身な自分がわしわしと歩んで行ってはびっくりして逃げ出しかねぬし、
近くに親がいるならともかく、あの濡れようから察するに、
結構な時間を屋根のないところで待っていたか、
巣から勝手に出歩いてうろうろしていたに違いない。
風邪をひいてはどうしますよと、
そこを案じてのこと、それでも慎重に辛抱強くも、
ちっちっちとこっちへおいでとあくまでも呼びの態勢で通しておれば、

 「…。」

まずは びくくっと(その所作もまた どこか幼くて不器用そうだったが)身を震わせてから、
こちらに気付いて総身の動作を止めてしまい。
何が起きているのかなどうしたらいいのかなと、彼なりに考えているものか、
しばらくほどじいっと動かずにいたのだけれど。

  ちん、と

背後のダイニングの方から、
お昼ご飯に食べようと、
コッペパンにお惣菜のきんぴらを挟んだの、
オーブントースターで温め直してたのが終わったよという
お馴染みの合図が聞こえた途端、
小さな小さな仔猫さん、前脚をもぞもぞしたり
お鼻を上げてすんすんと空気を嗅いでみたりを始めた末に、

 「おいで?」

伺うように抑えた声音でそうと呼んだら、あのね?
お顔の表情はさすがに変わらぬが、
小さな四肢をぴょいと弾ませそのままたかたったかと駆けて来たから、

 「さてはお腹が空いてるな?」

まま、それで呼び寄せられたのだから良しとしようと、
茶色の毛並みを重たげに濡らした仔猫さん、
さあおいでと 最後は飛び込んできたのを受け止めてやって、
それを追うかのようにまた降り出した雨から引き離し、
小さな客人をお家の中へと迎え入れた
作家せんせえではない方の、島田さんチのおっ母様だったのでございます。



     ◇◇


 「…で。」

このところは本道の方のお務めも、宗主の彼が出張るほどのことは起きぬのか、
会社の務めをフレックス仕様の早めに終えた勘兵衛が
jRを乗り継いで真っ直ぐ帰ってきたところ、
ちょっぴり降りだした雨に遭ってしまい。
その豊かな髪へしずくの粒を宿らせて戻って来た姿へ、

 『どうして連絡してくださらないのです。』

駅までお迎えの車を出したものをと、
大きめのタオルを手に出迎えに出てきた七郎次に苦笑を見せたそのまま、
足元を見下ろして、先の短い一言を放った御主様。
そうとくればという阿吽は心得てもいたし、
そこまで大仰な話じゃあない、
何しろ見覚えのない仔猫が足元にちょろちょろ出て来て
にぃあと細く鳴いたりしたらば、

 これはどこの子で一体どうしたのだ?

くらいは、普通一般のご家庭でも訊くものだろうし。(ごもっとも)
特に不愉快を覚えるほどでもない、小首を傾げる程度の“?”を放られて、

 「ウチの庭に迷い込んできた子でしてね。」

すっかりと毛並みも乾かしてやり、
お腹が空いていたものか、すり身と卵白を混ぜて茹でたのを浮身にした澄まし汁
どうぞと出せば結構な食べっぷりをして見せたので、
どうやらミルクは終わった子らしいとの把握の下、
コッペパンやパウンドケーキなぞ一緒に食べ食べ、
羽ぼうきで遊んで差し上げて午後を過ごした新しいお友達ですと。
それは楽しそうに、どう過ごしたのかを話してくれた七郎次さんだが。
結構機敏で、しかも闊達な和子らしく、
よいちょと身を縮めて後脚へばねを溜めたかと思や、
そのままぴょいっと跳ね、
勘兵衛のトラウザーパンツを履いた脚へ飛びついてきた辺りが腕白さんで。

 「あ、これ。いけません。」

仔猫とはいえ爪は鋭い。
だからこそしがみつけもしたのだろうしと、
慌てて屈んで剥がそうとするおっ母様の手よりも早く、
横手から伸びてきた手があって。

 「にゃっ。」

意外にも道理を心得ているものか、
鉤になった棘を慣れた様子で抜くように、
ちょっとばかりくいっと角度をつけて浮かせてから ひょいと持ち上げればあら不思議、
無理強いはしてないらしいすんなりした手際、爪が引っ掛かったままになりもせず、
難なく剥がれての取り除けられてしまった鮮やかさ。ただし、

 「ああ、これ久蔵殿、
  そんな風に襟足を掴んでは可哀想ですよ。」

いくらなんでもぎゅうと握ってはおるまいが、
赤子のように抱っこが基本と構えていた七郎次には十分乱暴に見える掴みようなのを、
これっと叱られてしまったは、
そちらもこの時期はまだ短縮授業だったのか、
とうに帰宅していたらしい次男坊殿。
金の綿毛やその前髪の下へ据えられた紅色の双眸の冴えよう、
鋭すぎて怖いくらいなのも“可愛い可愛いvv”と愛でてくださる
大好きなおっ母様からの叱咤の声に、

 「〜〜〜。」

不服だが仕方がないというのがありあり判る不機嫌顔で、
それでも腕へと抱え直した仔猫さんは、
ようよう見やれば、
キャラメル色のふわふかな毛並みがどこかその腕の主に似ていなくもないような。(…笑)

 「これはだが、そこいらにいそうな野良ではなかろうに。」

貴籍の筋かと思わせるよな
繊細透徹な面差しをした久蔵と相性も良さげな愛らしい風貌の仔猫さんへ、
あらためて目をやり、大ぶりの手をかざして、そおとよしよしなでてやる勘兵衛が、
やんわりと目許を細めたところをこそ

 “…vv”

彼の心の安寧よと嬉しく思ったに違いない七郎次。
少しでも癒しになったのを幸いだと噛みしめながら、

 「ええ。私もそうと案じておりましたが、
  この子のらしい首輪が後からテラスの端で見つかりましてね。」

小さい子だからすっぽ抜けたか、
本人を保護した時にはなかったが、
吸水性のいいタオルでわしわしと水気を拭ってやってさてと戻ったリビングから
それがちょろりとはみ出しているのが覗けたそうで。

 「そこに下がっていた迷子札に記されてあった連絡先へ、
  お電話したらお迎えに来るとのことなので。」

ちょっとほど距離があるようで、でももうそろそろお着きかなと。
この家を教えてしまうのもなんだなぁと思っておりましたら、
向こう様も慣れておいでか、
最寄りのどこかで待ち合わせしましょうかと言ってくださったので、

 「もう少ししましたら、
  JR沿いの○ートバックスまで出るつもりでおりましたので。」

だから、車はどうせ出す予定でおりましたのにと、
何でお電話くださらなかったかに戻りかかった会話でもあって。

 「…お。」

そんなこんなという会話をしつつ、三人そろって足を運んだのはリビングであり。
勘兵衛の着替えも用意がされている周到さの中、
スーツから普段着をてきぱきと衣装替えをし、ふうと息をついてのソファーの定位置についたところ、
久蔵が引き剥がした仔猫様が、またぞろ彼の足元までを伸してきて、
結構な高さだったろうにお膝へぴょいと飛び上がる無邪気さよ。

 「腕白さんでしょう?」

我がことのように鼻高々となった七郎次だが、
手際よく淹れて来た煎茶を満たした湯飲みをテーブルへ置きながら、
少し離れたところに立つ次男坊をこそりと見やると、

 「小さいものには優しい久蔵殿ですのにね。」

困ったことよと小声で囁いたのは きっと、
双親としてのこそりとした会話のつもりだったから。
ただし、
 
 「きっと私に奪られたと思うたか、
  先ほどは嫉妬からの意地悪をして見せたみたいで。」

 「……。」

自分の方に懐けと妬いたのだとでも言いたいか、
そして、そんなところが可愛いと幸せそうな苦笑をした七郎次だったのへ、

 “いやいやいやいや、それは違うだろう。”

そこは焼きもちのベクトルが逆だ逆だと、
さしもの勘兵衛でさえ、ちょっと待て待てとツッコミを入れかかったところが。
日頃はしっかり者だのに、
他愛ないところでは意外なくらいに天然な、
可愛らしいのはどっちだというおっ母様へ、
聞こえておりましたよという次男坊と視線が合って
ついついの苦笑を、それこそこそりと
見合わせてしまった 島田さんちの男衆たちであったそうでございます。




   〜Fine〜  15.09.09.〜10.


 *お久し振りのご一家です。
  つか、特務もなくて安寧にお暮しなのを
  邪魔しないでとか思われているかもですね。
  でも“九九の日”に何か書きたかったので、つい。(掛け算ではありませぬ・う〜ん)

  そして、紛れ込んだ側は
  遠征してきて昼間だったので力尽きちゃった大妖狩り様かと思われ。
  (迷子大王ですから。笑)
  以前に縁があったお人の気配を嗅ぎ分けて、
  ちゃっかり紛れ込んだらしいです。
  あとからクロ殿が気がついて、しょうがないなぁと首輪を持って来てくれたり、
  久蔵ちゃん何処だと慌てておいでの(苦笑)
  向こうの七郎次さんの隙を衝き、
  事情を刷り合わせた勘兵衛様に連絡を担当させたりと、
  頑張ったものと思われます。
  …って、そこも本文で書きなさいってところですが、
  時間がなかったです、すいません。

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